評論家という仕事がある。ある分野について深い知識を持ち、人々が参考にできるような解説や評価などをする仕事である。今では、政治評論家、経済評論家からラーメン評論家まで、あらゆる分野の評論家がテレビや雑誌などで活躍をしている。しかし、医者や学校の先生のように、評論家になるための資格試験があるわけではない。彼らは一体どうやって評論家になったのだろうか。
彼らの多くは必ずしも評論をするために深い知識を得たのではない。若いころからある分野に対して人並み外れた知識や興味を持っており、夢中でそれを学ぶうちに、いつの間にかそれを仕事にすることになったという人も多い。好きな分野を仕事にできるとはうらやましい話だが、ただ人並み外れた深い知識があれば評論家になれるというものでもないだろう。評論家として収入を得るためには、新聞や雑誌、テレビなどのマスメディアに取り上げられなければならない。
マスメディアに取り上げられるためには、人々が納得し、話を聞きたくなるような説得力や魅力があること、(ア)、マスメディアに登場するチャンスを得る運の強さも必要だろう。
人並み外れた知識、人々が言うことを聞きたくなるような説得力や魅力、そしてチャンスをつっかむ運がそろって初めて評論家になれるのかもしれない。
1.評論家と医者や先生はどこが違うと書かれているか。A.評論家はある分野の知識が必要だが、医者や先生はそうではない。 |
B.評論家はある分野についての資格が必要だが、医者や先生はそうではない。 |
C.評論家はある分野について説明や評価をするが、医者や先生はそうではない。 |
D.評論家はある分野についての資格は必要ないが、医者や先生はそうではない。 |
A.ある分野について解説や評論をするために、一生懸命学んだこと |
B.ずっとある分野に特別な知識を持ち、興味を持って勉強を続けたこと |
C.評論家になるためにある分野について特別な興味を持とうとしたこと |
D.若いころにある分野いついての資格試験を人よりもたくさん受けたこと |
A.深い知識を持つことが必要ではないこともたくさんある。 |
B.深い知識を持つことは必要だが、ほかにも必要なことがある。 |
C.深い知識を持つことは必要ではなく、ほかに必要なことがある。 |
D.深い知識を持つことが、評論家になるためのただ一つの必要なことだ。 |
A.マスメディアに出て、人々をひきつけた経験 |
B.人並み外れた深い知識と人々を納得させる説得力や魅力 |
C.新聞やテレビ関係の会社で働いてマスメディアに出た経験 |
D.人々を説得しひきつける力があり、マスメディアに出る機会に恵まれる運の強さ |
A.さらに | B.それで | C.ために | D.しかし |
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【推荐1】電話で話す時、なぜ「もしもし」と言うのでしょうか。電話が初めて使われるようになった時、これから何か言います、という気持ちで「もうしあげます、もうしあげます」と言ったそうです。それが短くなって「もしもし」になったそうです。そして、電話で話す時には「もしもし」と言うのが普通になりました。ところが、最近は①「もしもし」と言わないほうがいいと考える人が増えてきました。
どのように電話をすればいいのか、ちょっと考えてみましょう。例えば、電話が掛かってきた時、どう言えばいいでしょうか。いつも「はい、もしもし」と言っていませんか。そうすると、電話を掛けた人は心配になって「もしもし、○○さんですか」と言わなければなりません。また、あなたが電話を掛けて、始めに「もしもし」と言うと、その人も「もしもし」と言わなければならないでしょう。これでは、なかなか話が始まりません。「はい、○○です」と電話を取って、「○○ですが」と電話を掛けます。まず、名前を言うのがいいでしょう。これをするだけで、上手に話し始められます。「もしもし」など、あってもなくてもいいと思います。でも、電話では話している人を見ることができません。だから、②このようなことがないのです。学校を卒業して③会社で働き始める人に「もしもし」と言わない練習をさせることもあるそうです。あなたも今日から「もしもし」と言わないようにしてくださいと言いたいのですが、電話と一緒に生まれてきたのが④この言葉です。声を聞けば誰か分かる人との電話では、これからも使いたいものです。
1.①「「もしもし」と言わないほうがいい」とあるが、それはなぜか。A.「もしもし」は古い言い方だから |
B.「もしもし」と言う代わりに名前を言ったほうがいいから |
C.会社で電話をする時は「もしもし」と言わないから |
D.何も言わないほうがいいから |
A.電話では、始めに名前を言うということ |
B.話している人を見られないということ |
C.電話をよく使うということ |
D.声をよく聞くということ |
A.「もしもし」と言い合っている間の電話代がもったいないから |
B.電話に出るころの習慣で、今では使う人が少なくなったから |
C.電話が便利になって、「もしもし」と言う必要がなくなったから |
D.電話を掛けてきた人が安心して、すぐに名前や用件を言えるから |
A.「もうしあげます」 | B.「もしもし」 | C.「はい、○○です」 | D.「○○ですが」 |
A.仕事では使わないほうがいいが、個人的な電話では使ってもいい。 |
B.仕事では使ってもいいが、個人的な電話では使わないほうがいい。 |
C.仕事でも個人的な電話でも使ったほうがいい。 |
D.仕事でも個人的な電話でも使わないほうがいい。 |
【推荐2】いつも「時間がない」と焦りを感じている人は少なくないのではないでしょうか。例えば、今日中にやらなくてはならない仕事があるのに、ほかの仕事が気になって集中できなくなり、目の前の仕事が進まない。
(中略)
こういう人は、実際、物理的に忙しいとしても、それ以上に「私は忙しい」という「忙しさのメガネ」を通して現実を見て、「忙しい感」を増しているのかもしれません。
「忙しさのメガネ」とは、「あれもやらなければ、これもやらなければ」あれも終わっていない、これも終わっていない」という思考のフィルター(过滤器)を通して現実を見るメガネのことです。
余計なことを考えずに目の前の資料作成に集中すればいいのに、「請求書を作らなきや」「あの本読んでない」など「( ア )」が気になってしまい、必要以上に「忙しい」と感じてしまうのです。
そして、常に「終わっていない」という意識のため、仕事を片づけても達成感が得られません。( イ )、新しい仕事が入ってくると、それにどのくらいの時間がかかるのかを冷静に考えることができなくなり、頭が真っ白になったり、「ただでさえ(本来就已经)忙しいのに!」と怒りを感じてしまうこともあります。
1.文中の「いつも『時間がない』と焦りを感じている人」の説明として、正しくないのはどれか。A.やるべき仕事があるのに、集中できない |
B.「忙しさのメガネ」を通して現実を見ている |
C.余計なことを考えず、目の前の作業を集中してやる |
D.ほかの仕事が気になって、目の前の仕事が進まない |
A.余計なことを考えなくなる |
B.必要以上に「忙しい」と感じてしまう |
C.目の前の仕事に集中できるようになる |
D.終わっていない仕事に気づくようになる |
A.目の前のこと | B.この先のこと |
C.終わったこと | D.終わっていないこと |
A.新しい仕事がどんどん入ってくるから |
B.常に冷静に考えることができないから |
C.常に「終わっていない」と思っているから |
D.余計なことを考えずに目の前の仕事に集中するから |
A.そればかりか | B.そうすると |
C.こうして | D.それなのに |
【推荐3】私たちは、本に囲まれて暮らしている。しかし、本当に必要なのは、たくさんの本を次々と読み、それを本棚に並べておくことだろうか。
本を読むのはいい。読むのはいいが、その本を、わざわざ保存していくことはない。最近、私はそう思うようになった。一冊の本を読んで、いやでも頭の中に残る一行があれば、それで十分なのだ。忘れてしまうような内容は、もともと縁がなかったのだとあきらめる。
一冊の本の中の一行が頭に残るのは、なにげなく(无意中)読んだ言葉が、自分の魂に突き刺さってくるときである。そういう言葉は、忘れようとしても忘れられるものではない。赤線を引いたり、メモをとったり、いろんなことをしても忘れるものは忘れる。そういうものだ。それは、もしかして本当は(ア)ものだったのかもしれない。
本当に大事なことは、どんなに忘れようと頑張っても頭に残り、おんぶお化け(找背郎)のようにこちらにしがみついて(紧紧抱住)離れないものなのだ。そういうものにこそ価値がある、というふうに私は思う。
もっとも、山のような蔵書に埋もれて暮らすのも、三冊の本だけを枕もとに置いて生きるのも、それはその人の勝手である。どちらがいいというわけではない。(イ)、この本を残すか捨てるかと、迷ってみることは決して悪いことではなさそうだ。今も私は、相変わらず捨てることのできない本の山の中に、肩身を狭くして暮らしている。
1.文中に「そう思うようになった」とあるが、それはなぜか。A.本は読むことが大事で、本棚に置いては無駄な行為だから |
B.本を本棚に置いておいては、その価値が変わらないから |
C.本の価値はその保存とはじつは特別な関係がないから |
D.本の保存方法が不適当ならば、その価値がなくなる |
A.必要がない | B.すべき | C.役に立つ | D.勉強になる |
A.なにげなく本の中に読んだもの |
B.おんぶお化けのようにずっと自分のそばにいるもの |
C.忘れないようにいろんな工夫をしても忘れちゃったもの |
D.深く印象に残っていていつまでも忘れないもの |
A.ただし | B.そこで | C.または | D.たとえば |
A.本を残すか捨てるかは個人の自由であるが、価値のある本は大事にしたほうがいい |
B.本を読んで胸を打たれるような言葉が少しでもあればそれで十分であり、わざわざ本を保存しなくてもいい |
C.蔵書に埋もれて読む自由と二、三冊しか読まない自由があり、自分にとって本当に必要な本を大事にすべきだ |
D.たくさんの蔵書から自分の人生に役立つ言葉を拾い、それを忘れないようにして生きていくべきだ |