A.観察します | B.伝えます | C.感心します | D.流れます |
A.作る | B.作り | C.作った | D.作れ |
A.は | B.が | C.を | D.に |
A.で | B.へ | C.に | D.を |
5 . 人は食べずには生きていけない。そして食べるためには、食べるものを作らなければならない。獲物や採集物を調理(烹饪)もせずに食べるのは少ないだろう。調理は、人間生活における基礎的な行動は疑いない。
ところが、この調理という活動に、奇妙なことが起こっている。独身の人に限らず、料理をしない人が増えてきたというのは事実のようである。作らないということは、食事の調理過程を外部に委託するということだ。調理を家の外に出すということ、そのことの意味は想像以上に大きいように思われる。
たしかに、昔は調理も公共の場で、例えば露地の共同炊事場で行われることが多かった。その後料理の仕事は「マイホーム」に内部化されたのだが、現在再びその過程が、私たちから見えない場所に移動させられている。それとほぼ平行して、病人の世話が病院へと外部化された。出産や死ということも家庭の外へと去った。家で母親のうめき声を聴くことも、新生児の泣き声も聴くことはなくなってしまった。いや、自分の身体も自分でコントロールできず、体調が悪い時には、すぐに医院にいった。自己治療、相互治療の能力はほぼ枯渇した。その点で、身体はもう自分のものではない。
人間は誕生や病いや死を逃れることができないが、今の社会で次々に外部化されていった。家庭内に残された調理でも、その体験もだんだん消えかけている。それが私たちに与える影響は、決して少なくないと思う。
1.文中に「奇妙なこと」とあるが、それは何のことか。A.獲物や採集物をあまり調理せずに食べてしまうこと |
B.家で調理をしない人が少なくなってきたこと |
C.自分で食べる料理を作る過程を外部に任せること |
D.調理は人間生活での基礎的な行動を疑うこと |
A.調理は人間が生きるために基本的なスキル |
B.調理は外部化され、家庭から完全に消えていく |
C.昔の調理はすべて露地の共同炊事場で行われた |
D.今の調理は「マイホーム」に移動させられた |
A.自分の体は自分のものではないという意識が強すぎる |
B.自分で自分の身を管理する能力が薄くなってしまった |
C.体の抵抗力が医学の発達によって弱くなってきた |
D.病気になった時、体を管理する元気さがなくなること |
A.赤ちゃんを生むこと | B.病気治療に関すること | C.死ぬこと | D.ぐっすり眠ること |
A.調理は人間生活における基本的な技能である |
B.出産や死ということが家庭に内部化されるべきだ |
C.自己治療の能力を高めるために運動したほうがいい |
D.外部化されたことが人間に与える影響は軽視すべきではない |
6 . 畳という平面が日本人の生活の場なのであった。そこに座るもよし、寝るもよし、勝手な姿勢をとってよかった。畳の部屋は布団を出せば寝室になり、チャブ台(矮脚仮桌)を出せば食堂にもなった。要するに日本の室内は、何も置いてない状態が常態なのであって、小道具で、どのようにでもその空間の用途を自在に演出することができたのである。
日本文化的伝統の上で見ると、西洋風の「家具」は、室内に並んで、動こうとしない。日本人にとって、不慣れなものであった。ソファーとか、ベッドとか、食卓とかが続々と室内に闖入してくると、これは伝統的空間処理法ではどうにも片付かないだろう。
しかし、大正時代の日本人は、その点で賢明であった。かれらは、西洋風の家具が、空間を占領する性質をもっている、という事実をよく知って、これらの家具を独立の「応接間」というところに集中管理した。ソファー、ピアノなどをすべて(ア)に収容して、普段に使用する畳の部屋に家具が侵入することを防いだのである。
応接間という形式には、以前は、そうした事情を批判したこともあったけれど、和式洋式をはっきりと分離して、家具を日本的空間から排除したというのは、見事な知恵であったと思う。
1.文中に「どのようにでもその空間の用途を自在に演出することができた」とあるが、どういう意味か。A.広い部屋の中で劇を演じることができた |
B.多用途に部屋の空間が活用できた |
C.ほしいままに部屋を舞台とすることができた |
D.部屋の空間を活用して、劇まで演じられるようにした |
A.使わない時には別の所に保存する方法 |
B.用途に応じて家具を組み合わせる方法 |
C.机や椅子などを住宅付帯設備にする方法 |
D.動かすことのできない小道具を生かす方法 |
A.動かしやすい家具だけを部屋に入れた |
B.西洋風の家具の長所を日本に取り入れた |
C.家具を独立の「応接間」に集中管理した |
D.空間を保つために、家具は部屋に入れなかった |
A.畳の部屋 | B.和式の部屋 | C.日本的空 | D.洋式の応接間 |
A.和式の家具は洋式の家具より使いやすいものだ |
B.和室と洋室を分離して扱うのは日本人の知恵だ |
C.家具は和室に合わないから、日本の住宅から排除したほうがいい |
D.家具は生活に欠かせないものだが、豪華な家具は取り入れないべきだ |
7 . 自分に合う仕事を探すためには、どうしたらいいか考えたことがありますか。ここで言う自分に合う仕事というのは、給料や働き方などの条件が合う仕事ではなく働いていて楽しいと感じられたり、やる気を持つことのできる仕事のことです。
皆さんは、自分が何をしている時に楽しいと感じ、何をした時に満足するか、分かっていますか。このようなことを知ることが自分を知ることです。自分に合う仕事を探すためには、まずそれが必要です。
自分を知るためには、まず、今までの人生で経験してきたことから自分がどのような人間か考えてみましょう。自分のやりたいこと、やりたくないこと、(ア)その理由について深く考えていけば、自分の考えや、自分が何を大切に思っているかがわかり、自分に合う仕事が見つけやすくなります。しかし、好きだからといって、趣味をそのまま仕事にすることには慎重になったほうがいいでしょう。好きなことを仕事にしてしまったら、楽しかった趣味が嫌いなことになってしまうことも考えられるのです。
1.文中に「自分に合う仕事を探すためには」とあるが、何が必要か。A.給料や働き方などの条件を考えること |
B.每日が楽しいと感じる心 |
C.自分を満足させること |
D.自分のことをよく知ること |
A.今までの人生経験を生かして自分のことを考える |
B.自分のやりたいこととやりたくないことを考える |
C.仕事に合うかどうか給料のことを深く考える |
D.自分にとって重要なことを深刻に考える |
A.そして | B.つまり | C.あるいは | D.たとえば |
A.趣味を仕事にした人は、皆、趣味が嫌いになるから |
B.趣味を仕事にした人は、皆、自分について深く考えなくなるから |
C.趣味を仕事にすると、趣味を楽しめなくなるかもしれないから |
D.趣味を仕事にすると、仕事だということを忘れてしまうかもしれないから |
A.給料や働き方などの条件に合う仕事はつまらない |
B.自分がどのような人間か考えたら仕事を見つけにくくなる |
C.報酬が少なくても充実感のある仕事を選ぶべきだ |
D.趣味を仕事にすることが慎重に考えたほうがいい |
8 . 「漢字が書けなくなった」と感じている日本人が多くなっているそうだ。ある会社が20歳~60歳の日本人に質問したところ、「漢字が書けなくなった」と感じている人が80%もいることが分かった。そういえば、私も「漢字が書けない」と思うことがよくある。学生の時は、漢字の勉強はよくできたのに。前は書けたのに、「この漢字、読めるけど、どうやって書くんだったっけ」と、急に書き方がわからなくなる。
どうして「漢字が書けなくなった」人が多いのだろうか。それは、漢字を書くことが減ったからだ。パソコンや携帯電話でメールを書くようになり、手紙を書くことはほとんどなくなった。
漢字を忘れないように、できることはないのだろうか。子供がいる友達は、子供の漢字の宿題を一緒にやっていると言っていた。子供に漢字の書き方を聞かれた時に、分からないと恥ずかしくて、(ア)辞書で書き方を調べることもあるそうだ。他の友達は、新聞の記事を手でノートに書いて、漢字の練習をしていると言った。私は、どうしようか考えたが、今年から日記を書き始めた。できるだけ漢字も書くようにしている。手で文字を書く回数を増やすことが大切なのかなあと思う。
1.「私」は、漢字についてどう感じるか。A.前は読めた漢字がすぐに読めなくなった |
B.学生の時から、読むのはできても書き方が覚えられない |
C.昔は書けた字が、今は書けなくなっていることが多い |
D.形が複雑な漢字は、書き方が覚えられない |
A.読めるけど、書き方が忘れてしまったから |
B.パソコンや携帯電話でメールを書くから |
C.漢字を書くチャンスが少なくなったから |
D.手紙を書くことはほとんどなくなったから |
A.そこで | B.それに | C.それなのに | D.しかし |
A.子供の漢字の宿題を一緒にしている |
B.新聞の記事を手でノートに書いている |
C.知らない漢字を辞書で調べている |
D.今年から日記を手で書いている |
A.漢字を書く方法 |
B.漢字が書けない原因 |
C.漢字が書けなくなる対策 |
D.漢字の記憶方法 |
A.と | B.へ | C.に | D.で |
A.ほど | B.から | C.より | D.とは |