1 . 2016年4月、熊本県で大変大きな地震が起きました。この地震で多くの人が亡くなり、住む家を失いました。そのとき、熊本の人たちの心を支えになったのが「くまモン」です。
くまモンは熊本県を多くの人たちに知ってもらうためのキャラクター(形象代言人)で、2011年3月に生まれました。初めのころは「熊本にクマはいないのに」とか、「顔が怖い」などの意見もありました。(ア)、熊本を知ってもらうために全国へ出掛けて行って、いろいろなイベントに参加した結果、愛情を感じる人がだんだん増えて、熊本はもちろん、日本中で人気者になりました。
そんなときに起きた、熊本大地震。
熊本を応援する活動に使う場合は、県に届け出る(申报)だけでくまモンの絵が使えるようになりました。(イ)、くまモン自身も多くの熊本応援イベントに参加し、1か月で400以上のイベントに出たこともありました。
今も頑張るくまモンは、熊本だけではなく、東北地方へも何度も出掛けて行って、応援を続けています。私たちもくまモンのように、熊本や東北のために何かできることを考えてみませんか。
1.文中の「くまモン」はどういう目的で作られたのか。A.熊本の人たちの心を支えるため |
B.地震が起きることを予測するため |
C.いろいろなイベントに参加するため |
D.熊本県を多くの人たちに知ってもらうため |
A.けれども | B.そして | C.すると | D.結局 |
A.日本全国へ出掛けて行ったとき |
B.「顔が怖い」などと非難されたとき |
C.地震後、熊本を応援する活動に参加したとき |
D.多くの人に愛され、日本中で人気者になったとき |
A.しかし | B.それで | C.また | D.つまり |
A.くまモンのように有名になりたい |
B.くまモンのように地方の応援に力を入れたい |
C.くまモンのように多くのイベントに参加したい |
D.くまモンのように頑張って、自分の故郷の知名度を上げたい |
2 . 料理を習いたい
私は料理が上手です。今、中華料理に興味があります。それで、時間があるとき、中華料理を習いたいと思っています。でも、毎日大学へ行かなければならないし、授業が終わってからはテニスの練習があります。休みの日はアルバイトで日本語を教えているので、習うことはできません。ときどき(1)疲れているから寝ます。
これではだめなので、今度の夏休みには絶対習うことにしました。
注釈:
テニス [名] 网球 アルバイト [名] 打工
ときどき [名] 有时 だめ [副] 不行
1.(1)に入るものはどれですか。
A.暇があっても | B.暇なはずで |
C.暇がないので | D.暇がないと |
A.日本料理 | B.中華料理 | C.テニス | D.日本語 |
A.大学へ行きますから | B.授業に出ますから |
C.テニスをしますから | D.日本語を教えますから。 |
日本の昔話の大きな特徴は、人間以外のもの、 ③ 「動物」が人間と同じように活躍する話が多いということです。鶴が自分を助けてくれた人間に嫁ぎ、自分の羽を使った布を織って生活を助ける「鶴の恩返し」、狸におばあさんを殺されたおじいさんのために兎が敵を取る「かちかち山」、悪い猿を蟹や粟・蜂・臼が力を合わせてこらしめる「さるかに合戦」に至っては、人間は1人も出てきません。
④これは、日本古代の自然信仰に関係あるのではないかという説(说法,主张)があります。中国から仏教が入って来る前は、日本人は動物や植物・山や川・岩などにそれぞれ神が宿っている(存在)という信仰を持っていました。その考え方が後世で残り、「物にも魂がある」とか、「人間も動物の一部、同じ仲間」という感覚を持ち続けてきたのではないかというのです。
昔話には古くから伝わるその土地の人々の考え方や風習が色濃く反映されています。日本と中国の昔話を比較してみて、どんな違いがあるのかを研究してみるのもおもしろいでしょう。
1.①「そのような場面」とは何を指すか。
A.親や祖父母が子どもたちに昔話を語り聞かせる場面 |
B.本屋に行って昔話の本を捜す場面 |
C.テレビアニメーションやラジオで昔話が放送される場面 |
D.子供が昔話を読む場面 |
2. ② に入れるのに最も適当なものはどれか。
A.しかし | B.それで | C.また | D.つまり |
3. ③ に入れるのに最も適当なものはどれか。
A.それでも | B.例えば | C.また | D.それに |
A.日本の昔話 | B.日本人の古代自然信仰 |
C.中国の昔話 | D.日本の昔話の特徴 |
5.文章にテーマを付けるとしたら、どれがいいか。
A.日本の昔話と自然観 | B.日本の昔話の特徴 |
C.日本の古代の自然信仰 | D.日本の昔話の研究 |
4 . お辞儀と握手は、代表的な挨拶の形ですが、お辞儀は相手への敬意を表し、握手は親睦・和解を表すという違いがあります。日本での丁寧な挨拶はお辞儀が一般的でしたが、近年では握手も一般化してきています。
お辞儀は、主に東アジアで見られるものですが、飛鳥~奈良時代、中国の礼法を取り入れ、身分に応じたお辞儀の形が制定されたのが、( ア )。そして、首を差し出すことで、敵意がないことを表現したことに由来すると言われます。
お辞儀には「立礼」「座礼」の2種類があります。座礼は和式礼法ですから、なじみが薄いと思いますが、和風の畳の部屋に通されたとき、初対面の挨拶のときなどに必要となります。
オフィスでのお辞儀は「立礼」ですが、礼の深さで分類すると、「最敬礼」「敬礼」「会釈」の3種類があります。立礼の場合、「最敬礼」は直立の姿勢から( イ )を基点に45度以上体を曲げます。「敬礼」は 30~45度、「会釈」は 15 度程度です。頭を下げるだけのお辞儀は行けません。腰を基点に上半身全体を前に倒します。1 拍目でサッと倒し、2拍目で止めて、3~5拍目でゆっくりと体を起こします。この動きの緩急と静止した状態が美しさを生みます。
(黒目真実『日本のくらしと文化』による)
1.文中にある「お辞儀」の意味はどれか?A.親しみの気持ちなどをあらわすために、手をにぎりあうこと |
B.額を地につけて拝礼すること |
C.頭を下げて礼をすること |
D.敬礼すること |
A.お辞儀の意味です |
B.お辞儀の形です |
C.お辞儀の終わりと言われています |
D.お辞儀の始まりと言われています |
A.あまり好きではない |
B.味が浅い |
C.あまり親しくない |
D.格好良くない |
A.首 | B.頭 | C.腰 | D.足 |
A.お辞儀は親睦、和解の意味がある |
B.握手は近年敬意を表す挨拶として一般化してきた |
C.お辞儀は日本固有のものである |
D.お辞儀は、西洋でよく見られるものである |
5 . 中学生のとき、私は地理や歴史、英単語などの暗記ものが苦手だった。每日少しずつ覚えれば頭に入るのに、(ア)、試験前に慌てることになる。「まだ1週間ある」などと思って油断していると、あっという間に前日になる。そこでさすがに焦るのだが、焦りながらも心のどこかでは一日あれば何とかなるんじゃないかと思ってしまう。「まだ間に合う」と思っているうちにいつのまにか午後になり、夜になる。それでも「まだ今晩一晩ある」と思っていると夜中になり、眠くなって少しだけ睡眠を取るのに横になって、気づいたらもう朝。
勉強する気がなかったわけではない。毎日「今日こそはやるぞ」と机に向かって本を広げてはみるが、どうしても頭に入らないのだ。突然気づいたら、ほかのことを考えてボーっとしている。これでは行けないと、「予定表を作る」「目標を立てて達成できたら自分にごほうびをやる」など、自分は自分のやり方でいろいろ工夫してみたが、どれもうまく行かなかった。
そんなことを繰り返していたが、中学生活も終わる頃、ある友人がこんな方法を教えてくれた。「たくさん時間がある」と思うからできないので、「この10分しかできない」と思えば、(イ)集中できるというのだ。半信半疑な がら、暗記ものは通学中、電車の待ち時間や車中でだけ勉強することにしてみたところ、自分でも驚くほど勉強が順調に進むようになった。
注:ボーっとしている发呆 ごほうびをやる 给与奖励
1.文中(ア)に入れるのに最も適当な言葉はどれか。
A.それでは | B.つまり | C.しかし | D.けっきょく |
2.文中に「1日あれば何とかなるんじゃないかと思ってしまう」とあるが、それはどのような意味か。
A.一日があれば、何も完成することができないと思っていまう。 |
B.今日は今月の一日なので、何もやらなくてもいいと思ってしまう。 |
C.一日という時間がとても長いので、やりたいことが全部完成できると思ってしまう。 |
D.もし一日の時間を自分にくれれば、やるべきことが全部完成できると思ってしまう。 |
A.やるべきことは難しすぎて、どうしても完成できないから。 |
B.時間が足りなくて、なかなかやるべきことが完成できないから。 |
C.自分は集中力がたりなくて、やるべきことに専念できないから。 |
D.自分の能力が足りなくて、やるべきことのやり方が知らないから。 |
4.文中(イ)に入れるのに最も適当な言葉はどれか。
A.当然 | B.意外 | C.相当 | D.漠然 |
5.筆者の最も言いたいことはどれか。
A.ちゃんと時間を整理して設定すれば、いくらやるべきことがあっても、うまく完成できるはずだ。 |
B.やるべきことをうまく完成するために、夜に仕事をやったほうがいい。 |
C.「時間予定表」などを作れば、やるべきことが完成できるはずだ。 |
D.電車の中で知識を暗記したほうがいい。 |
6 . 擬音語・擬態語(拟声拟态词)の特色は、発音が意味に直結している(直接关联)ことである。「ぱちぱち」という擬音語は、「ぱちぱち」という発音が、小さくて固い物が立てる音や拍手の音を表しており、意味に直結している。
普通の言葉、( ア )擬音語・擬態語以外の言葉は発音と意味とが約束によって結ばれている。例えば、「歩く」という言葉は、「あるく」という発音が、「足を使って前に進む」という動作を表すと約束したからできた意味である。「約束」を変えれば違う結びも可能である。
ところが、擬音語・擬態語は、発音と意味の結びを変えることができない。発音が意味を決めているからである。こうした性質は次のようなおもしろいことを起こす。それは、ある音が決まった意味に直結する傾向である。たとえば、「きらきら」「さらさら」という清音で表される語は「ぎらぎら」「ざらざら」という濁音で表される語より明るく澄んで軽やかな(清澈明快)印象を持っている。
また、ある音がある意味の語には共通に用いられるということも起こる。例えば、「ぶ」の音。「がぶがぶ」「げぶげぶ」「ざぶざぶ」と2つ目の音に「ぶ」が来るとすべて水や水分に関係のある音や様子を表す語になっている。2音節目の「ぶ」には、そうした意味を与える力があるのだ。
1.文中の( ア )に入れるのに最も適当なものはどれか。A.または | B.つまり | C.そのかわり | D.あるいは |
A.擬音語・擬態語は発音も意味も簡単だ。 |
B.擬音語・擬態語は発音が意味と関連性がない。 |
C.擬音語・擬態語は発音が意味より先に決まった。 |
D.擬音語・擬態語は発音がそのまま意味になっている。 |
A.「あるく」という発音は「足を使って前に進む」という意味に直結している。 |
B.「足を使って前に進む」の意味は「あるく」という発音でしか表すことができない。 |
C.「あるく」の「足を使って前に進む」という意味は他の発音で表す可能性もあった。 |
D.「あるく」という発音で「足を使って前に進む」という動作を表しているわけではない。 |
A.ぐるぐる | B.ざらざら | C.きらきら | D.ごろごろ |
A.くすくす | B.にやにや | C.げらげら | D.ざぶざぶ |
7 . 人間の体を機械と(ア)同じように考えることがよくあります。人体も、機械のように心臓や胃や目などの部品が集まってできていると考え、胃がおかしいときには胃という部品が故障したと考えます。したがって、胃を修理すれば、病気が治ったと考えることになります。
また、その部品にしても、心臓はポンプで、目はカメラで、脳はコンピューターのようなもの、と考えたりします。そういう、脳はコンピューターと同じに考えるひとは、( イ )
コンピューターと同じように働く脳を優れたものと思うようになります。速く正確に計算できたり、なんでもそのままに記憶できたりすることが頭のいいことだ、と考えている人も( ウ )でしょう。
( エ )人間は機械と同じなのでしょうか。人間はただの複雑な機械であるだけなのでしょうか。もちろん、人間には機械に似たところもあります。だから、人間のことを機械を研究するように研究するのも無意味ではあるませんが、しかし、(オ)それでわかる事は人間の一面にすぎません。
( カ )、アメリカでは1976年の建国200年を記念するつもりで、その何年も前に、火星へのロケット着陸とがん制圧と言う大きな研究目標を立てました。このときまでに科学者が力を合わせて大規模な研究を続けた結果、すでに月旅行に成功していました。( キ )、その月旅行の科学を発展させて、火星ロケットにも成功しました。ところが、一方のがん制圧のほうは期待したような成果をあげることはできませんでした。つまり、機械を作る科学のほうは急速に進歩していきますが、人間の病気を治す科学のほうはそう簡単にはいかないということです。人間は機械と同じではないからです。( ク )人間は「いつも生きるために行動する」という点が機械と違うのです。機械は生きていませんから、生きるために行動するのではありません。
1.文中の(ア)の「同じように考える」とは、何と何とを同じように考えるのか。A.人間の体と脳 | B.機械とコンピューター | C.人間の体と機械 | D.体と機械 |
A.いつまでも | B.いつ | C.いつでも | D.いつの間にか |
A.少ない | B.少なくない | C.大勢 | D.すこし |
A.だから | B.そして | C.しかし | D.つまり |
A.機械研究のように人間のことを研究すること | B.人間研究のように機械を研究すること |
C.人間は機械に似たところを研究すること | D.機械は人間に似たところを研究すること |
A.たとえば | B.だから | C.そして | D.それから |
A.まだ | B.それに | C.だから | D.そこで |
A.月旅行 | B.火星へロケット着陸 | C.がん制圧 | D.新しいコンピューター |
A.これで、人間と機械との違いがわかりましたか。 | B.それでは、どこが違うのでしょうか。 |
C.あれでは、人間と機械の違いが分かりません。 | D.どれが人間と機械の違いでしょうか。 |
A.私達人間の脳はコンピューターとまったく同じです。 |
B.私達人間の脳はコンピューターと同じように働き、同じように優れています。 |
C.人間は機械と同じではなく、行動の目的はいつも生きるためです。 |
D.機械は人間と同じように生きるために行動します。 |
8 . ある日、ぼくは街へ出かけた。
「暇だなあ。本でも見るか」と思い、本屋へ向かっている途中に1人のホームレス(无家可归者)が道端に寝ていた。「邪魔だなあ」と思って歩いていると、そばにいる3歳ぐらいの男の子が急に道路にはしっていった。ちょうどその時、1台の車が猛スピードで走ってきた。その瞬間、さっきまで寝ていたホームレスの男性が突然走りだし、子どもを抱き上げ、車を避けた。
回りを見ると、茫然と立っているおじさん、おばさん。「すごい!」とか言っている若者。ぼくはその時、自分のなさけなさに気づいた。「ホームレスが汚い?生きている意味がない?なんだよぼく……本当に強いのは、このホームレスのおじさんだろうが!」ぼくは拳を握りしめた(握紧)。
その後、男の子の母親が走ってきて、「ありがとうございます。ありがとうございます。これ少ないですけど……」と言って、お金を渡そうとしていた。
( ア )、ホームレスのおじさんは言った。
「すみません、それは受け取れません。でも約束してください。絶対に小さい子から目を離さないであげてください。約束です。」
ぼくは初めて人のあたたかさを知った。
1.文中に「すごい」とあるが、そう言った理由はどれか。A.男の子が道路に走っていったから |
B.ホームレスが子どもを助けたから |
C.車が猛スピードで走ってきたから |
D.おじさんとおばさんが立っているから |
A.ぼくも走ろうと決心したから |
B.ホームレスを殴ろうとしたから |
C.自分のなさけなさに気づいたから |
D.自分はホームレスより強いと思うから |
A.ホームレスに感謝したいから | B.ホームレスが強いと思うから |
C.ホームレスが汚いと思うから | D.ホームレスがかわいそうだから |
A.だから | B.つまり | C.そして | D.すると |
A.人間の愛 | B.夏の暑さ | C.気温の変化 | D.人間のかわいさ |
9 . わたしは小学生時代苦しい経験がありました。祖父が外交官で、祖母はイギリス生まれ、母は中国生まれと、国際的な家庭で育ちました。日本の小学校に通ったのですが、家庭の文化と学校文化がずいぶん違うため、常に不安でした。「失敗したくない、他の子と違う思われたくない」と、いつも周囲の様子を見ながら、他の子の真似(模仿)をしていました。それでまた「キョロキョロしている(东张西望) 」と注意されてしまい、しばらくの間は学校に行こうとするとおなかが痛くなったりしました。そんな私が変わったのは、3年生の時に新しい担任の先生と出会ってからです。その先生は、私の作った物語を見て「すてきなお話」と褒めてくれたのです。それが嬉しくて、褒められたくて、毎日お話を書いて先生に見せました。物語もだんだん長くなり、文章を書くことも楽しくなりました。それが自信となり、給食(学校供餐)もたくさん食べられるようになって体力も付き、気づくと(ア)。
つまり、教員の行動にはそれだけの影響力があるから、これから教員になりたいみなさんに覚えてほしいと思います。教員として日々の自分の言葉や態度を観客的に振り返る(回顾)ことが大切なんだと思います。
1.文中に「他の子の真似をしていました」とあるが、その理由は何か。A.自分は何もできないから |
B.他の子のほうがすばらしいと思ったから |
C.他の子を真似するようにと言われたから |
D.自分が特別な存在だと思われたくなかったから |
A.体が弱いから |
B.学校に行くとつらいから |
C.周囲の様子がおかしいから |
D.日本の食生活に慣れないから |
A.失敗も多くなりました |
B.先生が好きになりました |
C.学校は楽しいところになっていました |
D.自分が他の子と同じようになっていました |
A.自分が正しいことをしているから。 |
B.自分の言葉や態度がよく変わるから。 |
C.自分が正しくないことをしているから。 |
D.自分の言葉や態度が生徒に影響するから。 |
A.小学生 | B.教員になりたい人 |
C.自分の担任の先生 | D.自分の小学校の同級生 |
10 . わたしは毎日自転車に乗っているが、怖い思いをしたことが何度もある。狭い道路を自転車で走っていたときのことだ。車がわたしのそばぎりぎりの所をスピードを出して通り過ぎていき、わたしは倒されそうになった。とても恐ろしかった。その反対に、わたしの自転車が、もう少しで、歩行者とぶつかりそうになり、あわててブレーキをかけたこともある。もし、ぶつかっていたら、大怪我をさせたかもしれないと思うとぞっとする。
自転車が車とぶつかった場合、自転車に乗っている人が受ける被害はとても大きい。車を運転する人は(ア)車体で守られるが、自転車の人は、自分の体を守るものが何もないからである。車にはねられると、自転車に乗っている人は道路に投げ出されてしまうのである。
逆に、自転車が歩行者に被害を与える可能性あるということも考えなければならない。ゆっくり走っていても、ちょっとした不注意で、歩行者を強い力で地面に倒してしまうことがあるのだ。自転車に乗る人は規則を守って乗るべきである。携帯で話しながら乗ったり、歩道の真ん中を走ったりしてはいけない。
(イ)、車、自転車、歩行者は、それぞれが具体的な被害を想像できる力を持つことが望まれる。特に、車を運転する人は、自転車に乗る人はいつも危険を予測することが求められるのである。
1.筆者が自転車に乗っていて怖い思いをしたのは、どんなときか。A.ブレーキをかけたが、歩行者とぶつかってしまったとき。 |
B.車がそばを通ったときに、はねられて道路に逃げ出されたとき。 |
C.車に倒されそうになったときと、歩行者とぶつかりそうになったとき。 |
D.歩道を走っていて歩行者を倒してしまったとき。 |
A.しっかりした | B.はっきりした |
C.ゆっくりした | D.さっぱりした |
A.乗る人の体を守るものがないから、規則を守らなくてもいいもの。 |
B.車との事故では被害を受けるが、歩行者には被害を与える可能性があるもの。 |
C.歩行者にだけ気をつけて、注意して走らなければならないもの。 |
D.車や歩行者と比べると、具体的な被害を与えないもの。 |
A.すると | B.ところで | C.つまり | D.そして |
A.車に追い越されるときはブレーキをかけること。 |
B.大怪我をするので、あわててブレーキをかけないこと。 |
C.歩行者に被害を与えるので歩道を走らないこと。 |
D.いつも危険であることを考えながら乗ること。 |