1 . 人間の頭は一定の法則に従って働いています。その思考が有效に働くような配列で話すことは、欠かせない条件の一つです。
私たちはよく「まとまった話だった」と言います。まとまった話とは、まとめた話です。まとめた話とは、話し手自身の頭の中でまとまっているのだとも言えます。
話というのは、複数のことば、いくつかの話材が有機的に結びついていて、一つのはっきりした構造的なまとまりのある図式になっているものです。その前提として頭の中でまとまっていなければなりません。
特に、聞き手が複数の場合、混乱させる話は、話し手自身がそのことについてまとまった考えを持っていないために起こる場合が多いものです。
話したことを相手に正しく受け止めてもらうためには、相手の理解する思考の法則に合った順序、配列をおろそかに(敷衍、塞)できません。ものごとの順序、配列を考えることはいろいろな意味で大事です。
1.文中の「その思考」は何の思考か。A.話し手の思考 |
B.聞き手の思考 |
C.人間の頭の中の思考 |
D.構造的なまとまりの思考 |
A.話し手が複数の言葉、いくつかの話材を結びつける話 |
B.図式がある話 |
C.話し手の頭の中でまとまった話 |
D.聞き手に有効的な話 |
A.話し手が相手の考えることを理解しようとしないから |
B.話し手の考えがまとまっていないから |
C.聞き手が多すぎるから |
D.話の前提がないから |
A.聞き手が分からない時、話し手は何度も話すこと |
B.話し手は物事の順序、配列に気を配ること |
C.おろそかに他人と話すこと |
D.思ったことを一気に相手に話すこと |
A.まとまった話は生活にあまり役立たない。 |
B.まとまった話は考えながら、しゃべった話だ。 |
C.聞き手が複数の場合、混乱をさせないように、黙ったほうがいい。 |
D.人間の頭はある規則に従って働いている。 |
2 . オンライン授業の良い点についてBBT大学と文科省の調査結果に共通していることは、「自分のペースで学修ができる」「自分の選んだ場所で授業が受けられる」が高い数値を示した点です。反対に双方が異なる結果となった項目の一つは、「対面授業よりも理解しやすかった」で、文科省調査では数値が低く、BBT 大学では高い結果となりました。
オンライン授業の悪い点については、「友人と一緒に授業を受けられない」など対人関係に関する回答の数値が共通して高いです。オンライン授業における共通課題は、友人や教授とのコミュニケーションが不足することによる弊害が主な原因であると考えられますが、BBT大学の学生においては、他の大学と比較して、悩みの相談先として学校の教職員や相談窓口に相談する割合が高いという結果が出ています。
多くの大学(ア)課題であるオンライン授業のあり方について、学生が新たな環境に適応できるよう大学側は努力をする必要があると私たちは考えます。一人で学習することが前提のオンライン授業は孤独感があるのは避けられない一方、コミュニケーションの質の向上こそが学生の大学への結びつきを強め、孤立感を軽減させ、オンライン授業下での大学教育の質を確保できると考えられます。
1.「オンライン授業」について、BBT大学と文科省の調査結果に共通していないことは次のどれか。A.自分のペースで学修ができる。 |
B.自分の選んだ場所で授業が受けられる。 |
C.友人と一緒に授業を受けられない。 |
D.対面授業よりも理解しやすかった。 |
A.学生が新たな環境に適応できないから |
B.コミュニケーションが足りないから |
C.大学側は努力していないから |
D.学生は好きな授業が選べないから |
A.相談できる場所 |
B.相談できる内容 |
C.相談できる時間 |
D.相談できる相手 |
A.について |
B.によって |
C.にとって |
D.にかんして |
A.孤独感を消す |
B.交流の質を高める |
C.教育の質を確保する |
D.授業料を安くする |
3 . 心理学には「予言の自己成就効果」というものがあります。これは、過去に予言された通りに、人間は行動を起こしてしまう傾向があるという現象を指します。この予言の自己成就効果は、私たちも活用することができます。予言が実際に成就するのであれば、「いい予言」をすればいいわけです。
たとえば、往年の美人女優のソフィア.ローレンは、以前はそれほど美しくなかったそうですが、毎日鏡に向かって「私は美しい」と自己暗示をかけた結果、とても美しくなったそうです。
このことからもわかるように、予言の自己成就効果は一種の「暗示」だったわけです。そして、「いい予言=暗示」をすれば、実際にその通りになるのです。この現象は、体内のホルモンバランスが暗示によって変化するためと考えられています。暗示は、人間の行動だけでなく、内面や細胞をも変化させてしまうのです。(ア)、自分に自己暗示をかければ、今よりもっときれいになることも、話し上手になることも不可能ではないのです。「話し上手になって、たくさんの人に愛される。」今日からすぐに、そう自分に言葉をかけましょう。
1.文中の「予言の自己成就効果」とは何か。A.人間は自分の予言通りに行動を起こしてしまう。 |
B.人間は周りの人の予言通りに行動を起こしてしまう。 |
C.自分に自己暗示をかければ必ずいいことが起こる。 |
D.自己暗示をしないと実際に成就することができない。 |
A.自分の夢は将来必ず実現できるという自信を持つ。 |
B.自分にみんなに愛されているという自信を持つ。 |
C.「自分は話し上手になる」と自分に言い聞かせる。 |
D.「自分は以前よりきれいになった」と自分に言い聞かせる。 |
A.毎日鏡に向かうことできれいになったこと。 |
B.美しくない人は自己暗示をかけても美しくならなかったこと |
C.自分は美しくないという暗示をかけて美しくなったこと |
D.自分は美しいという暗示をかけて以前より美しくなったこと |
A.体内のホルモンバランスが暗示によって変化するから |
B.体内のホルモンバランスが内面や細胞を変化させるから. |
C.自己暗示によって不可能なことが可能になるから |
D.実際にあったことはすべて過去に予言された通りであるから |
A.一方 | B.つまり | C.あるいは | D.すると |
4 . 人間には物事を記憶する能力があり、コンピュータにも似たような能力がある。しかし、コンピュータのそれを記憶と名づけてしまったことは、人とコンピュータの類似性を必要以上に強調させてしまった。もし、人の記憶というものを記憶と呼ぶとすれば、コンビュータのそれは、とてもその記憶とはほど遠い物である。それはやはりデータあるいはコード儲蔵器とか保持器と呼ぶべきだったのではないだろうか。
記憶を普通英語ではメモリーというが、このメモリーにはもちろん思い出、追憶といった意味もある。思い出はワインと同じく、時が経つほど深みと甘美なる味わいを増すという歌詞がある。青春の数々の思い出はまさに青林檎の酸っぱさに満ちているけれども、時が過ぎると共にそれらは極上の林檎酒の甘美と香りへと変化していく。ワインが生き物といわれるのとまったく同様に、記憶も常に変化していく生き物である。
この味わい深い記憶の特性こそ、まさに私たちの記憶のメモリーたる(作为)ところであろう。ところが、その一方で記憶の定義となると、(ア)国語辞典によれば、記憶とは、「経験した物事を心の中にとどめておくこと」などとなっている。これらの定義は経験内容そのままの堅固な保持をイメージしており、生き物としての記憶ではなく、石碑に刻み込まれた文字のようなものとして記憶を捉えてしまっている。コンピュータに使う記憶素子(元件)を開発している技術者ならこれで十分満足するかもしれない。だが、私たちの記憶の本態はこの定義から遠く離れている。なぜなら、私たちの記憶は一度経験した事柄を心の中に忘れずに留めておく能力というより、経験した事柄そのものを忘れてもそれを活かし続けることができる能力だからである。
1.文中に「コンピュータにも似たような能力がある」とあるが、ここでの「能力」の最も適切な呼び方はどれか。A.記憶能力 | B.メモリー | C.思い出 | D.データかコードの儲蔵器 |
A.英語での「メモリー」の意味は、使い方によっていろんな変わりがある |
B.生き物の記憶は時間が経つとともに、だんだんよいものへ変わっていく |
C.生き物といわれるワインと同じように、記憶も古くなるほうがいい |
D.記憶は、まるで生き物のようにだんだん形を変えていく |
A.それから | B.たとえば | C.それとも | D.ところが |
A.データ | B.定義 | C.イメージ | D.経験 |
A.人間の記憶は、ワインが時が経つにつれて甘美へと変化していくのと同様に、次第に変化していく |
B.コンピュータの記憶素子は、あたかも石に刻まれた文字のように、長期間変化することなく保持される |
C.青春の甘酸っぱい思い出は、時とともに甘美なものへと変化していくものである |
D.コンピューターの記憶は、人間と違い、物理的記憶そのものを失ってもデータを活かし続ける能力を持っている |
5 . 最近、言葉の変化が激しく、少し気になるのは「全然素敵だ」とか「全然いいね」というように、「全然」が肯定に使われる言い方である。「全然」というのは本来、否定の言い回し(说法)に先立って使われるもの。ほかに「けっして」や「ちっとも」などという「前ぶれの副詞」がいくつかある。
なぜこうした副詞が生まれたかというと、それは日本語の語順に原因がある。ちょっと難しい文法の話になるが、我慢して読んでいただきたい。日本語では主語の後にすぐ述語(谓语)が来ることが少なく、一番最後に来ることが多い。例えば「わたしは昨日学校に行ったら、宿題を忘れて先生にすごく怒られた夢を見たの」。最後まで聞いて初めて、ああ、夢の話だったのかとガッカリする。
今では(ア)言い方はされなくなったが、昔は駅のホームで電車を待っていると、次のようなアナウンスが流れた。「新潟行きの急行がまいります。この列車は途中、赤羽、大宮、熊谷……」。ホームにいる人はこれを聞いて、一体このたくさんの駅名がどういうことかと不安に思いながら聞いている。最後に「長岡、新津以外には停車いたしません」と来る。途中で止まる駅を言ったのかと気づくが、この中に自分の行きたい駅があったのかと、もう一度駅員に確認しなくてはならない。
このように、日本語では一番肝心(重要)な述語が最後に来るという欠点を補うために、前述した「前ぶれの副詞」が生まれたのである。「全然」と言っておけば、後で来る表現は否定的であることが予想できるし、「幸いに」と言っておけばこれは大丈夫そうだ、と相手は安心して聞いていられるのであろう。
1.文中に「少し気になる」とあるが、そはどんなことか。A.「全然」などの前ぶれの副詞がいつくかあること。 |
B.「全然」が肯定な言い方にしか使われないこと。 |
C.「全然」などの前ぶれの副詞が肯定に使われる。 |
D.「全然」が否定の言い回しに先立って使われる。 |
A.「全然」という副詞がどんな副詞かという話 |
B.難しい日本語を我慢して最後まで聞いていただく話 |
C.日本語の述語が最後に来ることが多い話 |
D.最後まで聞いて夢だったと分かった話 |
A.こんな | B.そんな | C.あんな | D.どんな |
A.先立って使われる副詞がないので駅のホームで流れるアナウンスが理解しにくい。 |
B.前ぶれの副詞が否定の言い回しに先立って使うほうが正しい。 |
C.日本語では述語がもっとも肝心なので、主語がなくても意味が通じる。 |
D.わたしたちは重要な情報を聞く場合、日本語の語順に注意すべきだ。 |
A.必ずしも | B.あいにく | C.非常に | D.まったく |
6 . 私たちは疲れを取るためによくお風呂に入る。しかし実際には、お風呂に入るとかえって疲労物質が増えてしまうそうだ。お風呂がいいのは、実はその後ぐっすり眠れるからだそうだ。疲労物質を減らすには、目を閉じてじっとしているのが一番いいそうだ。つまり睡眠が一番いいことになる。(ア)昼寝もいい。
毎日睡眠時問が十分に取れればいいが、忙しい人には難しい。では1週問に一度でも十分に寝たら、疲労物質を減らす効果があるのだろうか。寝すぎてかえって疲れたと感じた経験があるだろう。それは疲労物質が減っても疲労感が残っているからだそうだ。疲れすぎて脳が疲労を感じられなくなっているときに十分に寝ると、今まで働きが鈍かった脳が活発に働いて、疲労を感じられるようになるのだ。そして「かえって疲れた」と感じてしまうのだそうだ。
また、「頑張っているね」とか「おかげで助かったよ」とかほめられると疲労感が滅るそうだ。栄養ドリンクやコーとーを飲んだりしても同様の効果がある。甘い物を食べることもいい。うれしい・(イ)などといった気持ちが疲労感を減らす,しかし、疲労物質が減ったために元気になったのではないことを忘れてはならない。
疲労物質を減らすためにいい食べ物もある。鳥の胸肉に疲労物質を減少させる物質が最も多く含まれているそうだ。渡り鳥はその物質を持っているので何千キロも休むことなく飛び続けることができるそうだ。
1.文中の(ア)に入れるのに最も適当なものはどれか。A.でも | B.むろん | C.確かに | D.特に |
A.脳の働きが鈍くなったから |
B.脳が疲労を感じられなくなったから |
C.寝る前にお風呂に入っていないから |
D.疲労物質が減っても疲労感が残っているから |
A.人をほめること | B.甘い物を食べること |
C.うれしいと感じること | D.栄養ドリンクやコーヒーを飲むこと |
A.悲しい | B.楽しい | C.安心 | D.不満 |
A.疲労物質 | B.人を元気にする物質 |
C.疲労物質を減らす物質 | D.疲労物質を増やす物質 |
7 . 人間の顔には、いろいろな特徴があります。毛がないというのがその一つ、そしてもう一つの特徴は、顔が非常に柔らかいということです。特に口が柔らかいというのが人間の顔の特徴です。もともと口の役割は、食べ物を食べるということでした。しかも、口で食べ物をつかむことが必要ですから、顔の中でも口が一番前にないと食べられません。(ア)、ほとんどの哺乳類では口が前にとび出しています。
口にはもう一つの役割があります。相手を攻撃する道具としての口です。相手に噛みついて攻撃します。そのためにはやはり口は一番前にとび出していて、しかも固くなければいけません。一番前にとび出ていて固いというのは普通の動物の口の特徴なのです。
ところが、人間では、直立歩行をするようになって、口の役割が変わりました。なぜなら、食べ物をつかむということは、直接口を使うのではなくて、手でできるようになったからです。食べ物を手でつかんで口のところまで持ってくることになって、口は必ずしも(イ)。人間の口が進化の過程でだんだん引っ込んできたのはそのためです。
さらに、直立歩行で手が自由になったために、相手への攻撃も手を使ってできるようになりました。その結果、攻撃の道具としての役割もだんだん失われてきました。必ずしも固い必要はありません。柔らかくてもいいです。こうして、口の周りがどんどん柔らかくなっていったのです。
1.(ア)に入れる言葉はどれか。A.しかし | B.それでも | C.あるいは | D.したがって |
A.口は顔の中で一番固いが、人間と同じように進化して引っ込んできた。 |
B.相手を噛んだり食べ物をつかんだりするため、口は固く前に出ている。 |
C.食べ物を他の動物より早く口に入れるため、口が一番前に出ている。 |
D.進化の過程で口が必ずしも相手を攻撃する道具ではなくなってきた。 |
A.一番前にとび出していなくてもよくなりました。 |
B.固くて引っ込んでいなくてもよくなりました。 |
C.相手を攻撃するためのものではなくなりました。 |
D.食べるためだけに使うものではなくなりました。 |
A.人間の口の周りは動物と比べて柔らかく、攻撃の道具にならなかったから |
B.直立歩行で手や足を使って相手を攻撃することができるようになったから |
C.哺乳類は手を使って食べるようになり、口でつかむ必要がなくなったから |
D.食べ物をつかんだり相手を攻撃したりするとき、手を使うようになったから |
A.人間の口と手 | B.手と口と、どちらが大事か |
C.人間の顔の変化について | D.手と顔の関係 |
8 . 日本では昔から箸が使われてきたと言われています。( ① )、古代の箸は、今のような2 本の棒状の箸ではなく、1 本の細く削った竹をたわめて(弯曲)ピンセットのような形にしたもので、それで食べ物を挟んでいたようです。このとき、竹の端と端を向かい合わせることから、鳥のくちばし説とは別に、「端」が箸になったという説もあります。
日本では古代の箸は、おもに神へのお供え物を移動させるためのものでした。後に、日 常の食事に用いられるようになったほか、儀式や行事には特別な箸が使われるようになり、宮廷行事には竹、節句などには柳の箸、月見の宴には萩の箸が使われるようになりました。
江戸の末期ごろになってスギの割箸が現れ、大正時代に入ると、他人が一度使った箸は二度と使わないという意味の②「衛生割ばし」の名前で割り箸が広く普及するようになり、現在に至っています。
ちなみに、( ③ )、かつては天皇や皇族が用いた箸の付属品だったと言われています。
1.文中の(①)に入れるのに最も適当なものはどれか。A.それでは | B.そして | C.ただ | D.それに |
A.月見の宴 | B.儀式や行事 |
C.神へのお供え物の移動 | D.天皇や皇族の食事 |
A.割り箸が広く普及してきた。 |
B.他人が一度使った箸は二度と使わない。 |
C.日常の食事の時には箸置きや箸箱などはない。 |
D.江戸の末期ごろになってスギの割箸が現れた。 |
A.スギの割箸などは |
B.箸についたものをとろうとして |
C.食事の途中、箸を食器の上に渡して |
D.今も使われている箸置きや箸箱などは |
A.日本は中国よりもっと早く箸を使うようになった。 |
B.大正時代に入ると、スギの割箸が現れた。 |
C.衛生割ばしは天皇や皇族しか使わなかった。 |
D.古代の箸は細く削られた竹で作られ、ピンセットのようなものだった。 |
9 . あいさつとは、一般の定義をすれば、「人間相互によるコミュニケーション(沟通)の初めと終わりの儀礼的行為」ということができる。分かり(ア)例でいえば、私たちは朝、起きた時に家人に「おはよう」と言ってあいさつをし、それから、用事や雑談などさまざまなコミュニケーションを相互にして、最後には「おやすみ」と再びあいさつをして、その日のコミュニケーションが終わるのである。もう少し時間的に短いコミュニケーションもよくある。路上である人に出くわして(碰見)、「まあ、お久しぶり」と言って、コミュニケーションが始まり、しばらくの雑談の後、(イ)とか、「では、お元気で」とか言って別れる。この行為には、言語行為だけではなく、頭を下げるなどのしぐさという身体行為が伴う。
1.「あいさつ」の定義について、筆者の説明と合っているものはどれかA.用事や雑談のような短いコミュニケーション |
B.人に出会うときと別れるときに言う言葉 |
C.頭を軽く下げるなどの身体行為 |
D.コミュニケーション前後の言語的、身体的行為 |
A.にくい | B.やすい | C.がちの | D.たい |
A.「それでは、また」 |
B.「それでは失礼です」 |
C.「これでは、また」 |
D.「それではお邪魔します」 |
A.頭を下げる | B.言語行為 | C.身体行為 | D.雑談など |
A.あいさつには話し手の本当の気持ちが含まれていない。 |
B.あいさつは儀礼的な行為にすぎず、あまり役に立たない。 |
C.用事がない時の雑談もあいさつの一種である。 |
D.コミュニケーションの始まりと終わりの部分によくあいさつ表現を使う |
10 . 先日テレビで、動物との「会話」を楽しむ方法が紹介されていました。番組によると、チンパンジー(黒猩猩)の前で体を縦に揺らすとチンパンジーがそれに応えて体を揺らし、左右に走るとそれに付いてくるそうです。チンパンジーは動物の中でも、最も人間に近いと言われている動物です。このように知能の高い動物だけかもしれません。
しかし、私たち人間は生活のいろいろな場面で、知らず知らずのうちに多くの動物たちとコミュニケーションをとっています。言葉が通じなくても、動物たちと「会話」する方法はあるのです。
ぺットで躾をされている犬は「お手!」と言えばすぐに前足を出すし、ペットの猫は飼い主が疲れていることに気づくと体を寄せて慰めてくれます。
(①)、自関症ぎみの子供が犬と暮らすようになって、自分が必要とされていることが分かり、責任感が生まれて笑顔を取り戻したり、寝たきりで動けなかったお年寄りが飼い猫を撫でようとして手を伸ばしたというような話も聞いたことがあります。
このように動物には人間に安らぎや笑い、元気、楽しみなどを与える力があると考えられています。ですから、古くから動物の③こうした癒し効果を利用したリハビリや、心のケアが行われてきたそうです。これが今話題になっている「アニマルセラピー」です。
アニマルセラピーとは動物との触れ合いによって心と体を癒す方法で、その人のストレスを和らげたり、或いは当人に自信を持たせることで健康的な精神状態に戻すことができると考えられています。
犬や猫(②)、ハムスターや熱帯魚、小鳥などのペットを飼うことで精神的に癒された経験を持つ人や、動物園や水族館に行って精神的なストレスを解消している人も多いでしょう。
私たちは自分でも気づかないうちに動物たちと「会話」をしているのです。
1.(①)には何を入れますか。A.まず | B.また | C.そして | D.ところが |
A.に対して | B.にせず | C.に限らず | D.にかかわらず |
A.犬は前足を出すことができます。 |
B.動けなかったお年寄りが走ることができます。 |
C.動物は人間に元気、楽しみなどを与える力があります。 |
D.人間は動物を慰めます。 |
A.チンパンジーは世界で一番知能の高い動物です。 |
B.言葉が通じなくて、動物とのコミュニケーションは無理です。 |
C.動物園に行って、精神的なストレスを解消できる人が多いです。 |
D.現在、多くの人は自信がありません。 |
A.動物は自閉症ぎみの子供を治すことができる。 |
B.チンパンジーは動物の中でも、最も人間に近い動物です。 |
C.アニマルセラピーは今話題になりました。 |
D.動物との触れ合いによって心と体を癒すことができる。 |