1 . 外出の時、一番疲れるのは体のどの部分かと問われれば、それは日本の場合、間違いなく耳である。車や工事の音なら、仕方ないとも思えるが、我慢できないのは一方的に浴ひせられる音楽である。
すぐ近くの駅に着くまでにも、商店街全体に設置されたスピーカーから流している曲、各商店やフアーストフード店などが店の外に向けて流している曲を最低5、6曲は聞かされる。しかも、それらは混ざり合って、全くわけが分からない。商店主は音楽を流すと客が寄ってくると信じているようだ。
JRに乗れば、各駅を発車するたびに珍妙な音楽が流される。しかも、音質が悪くてスピーカーが割れそうな音がしている。昔の発車ベルのほうが①_。かえって音楽よりもあの無機的な音のほうが耳障りではなかった。しかも、最近、駅のコンコースにBGMを流しているところもあり、この先、電車の中にも音楽を流そうなんてことにならないよう、祈るような気持ちである。そして、飲食店に入れば、ここでもBGMが、ボリュ一ムが大きければ大きいほど客の話し声も大きくなるので、若者向きの店では客同士がほとんど怒鳴り合っている。
こんな状況の後、音楽会に行ったとしても、耳はすでに使用済みのようなものである。特に微小なピアニッシモ(弱音)を味わうのはほとんど無理だと言ってよい。
ある公立ホールのアドバイザーをした時、すぐ近くの駅の「発車音楽」を含むすべてのスピーカー使用をやめてもらうこと、駅からホールまでの商店の店外に設置されたスピーカーの撤去、付近の飲食店でのBGMストップ要請を提案したが、だめだった。しかし、ホールという「点」だけでなく、周辺の環境まで考えてはじめて、「文化都市」つくりができると思ったのだ。
1.「間違いなく耳」とある、それはなぜか。A.街には、一方的に浴びせられる音楽があまりにも多いから |
B.すぐ近くの駅に着くまでにはいつも音楽を聞きながら行くから |
C.音楽を聞くことに我慢できないから |
D.街には車が非常に多く、工事をしているところも多いから |
A.商店街の店 | B.商店街に買い物に来る人たち |
C.商店街の店主たち | D.商店街で流されている曲 |
A.良かったというわけではない | B.音質が悪かった |
C.まだ良かった | D.おもしろかった |
A.すべての駅のコンコ一スにBGMを流してほしいこと |
B.この先、電車に音楽を流すことにならないでほしいこと |
C.電車の中には大きな音で音楽を流してほしいこと |
D.電車や駅のコンコースでは好きな音楽だけを流してほしいこと |
A.駅や商店街の人にBGMストップ要請をこれからも続けていきたい。 |
B.もう公立ホールのアドバイザーなどをするべきではない。 |
C.駅や飲食店でのBGMは「文化都市」つくりにとっては欠かすことができない。 |
D.日本は周辺の環境まで考えた「文化都市」つくりにはまだまだ遠い。 |
2 . 日本の相撲界で活躍している外国人力士のインタビュ一を聞いた人は、彼らの日本語が完璧なのに驚くだろう。①_。日本語が上手な外国人は多いが、発音がいい人はめったにいない。どうしても外国人特有の発音になってしまう。
ここに外国語習得の鍵がある。力士たちは日本語がまったくできない状態で来日するが、合宿の中で自然に日本語をマスタ一していく。起きてから寝るまで日本語ばかりだ。彼らは衣食住そのすべてに日本語が必要だ。日本語ができないと、まったく生活できない。相撲が強くなるためにも、日本語が必要だ。だから、毎日周りの人全員を日本語の先生にして覚えていく。何と理想的な日本語習得の場であることか。教室での学習と違って、耳で覚えた日本語は本当に自然な日本語だ。子供が自然に言葉を学習していくのと同じだと言える。
しかし、だれもがこのような理想的な環境を手に入れることはできないでは、どうしたらいいのか。日本留学は最も効果が上がる方法かもしれない。だが、だれでもエ夫すれば条件をよくすることが可能だ。テ一プを繰り返し聞く。覚えて声に出して言う。実際に日本人と話してみる。これらは簡単なようで意外に難しい。しかし、これが実行できたら、日本語カがいっそう向上することは間違いない。
1.「驚く」 とあるが、それはなぜか。
A.日本の相撲界に外国人の力士がいること |
B.外国人のカ士は日本語が完璧なこと |
C.日本語が上手な外国人は多いこと |
D.外国人は日本人より日本語が上手なこと |
A.特に発音がいい |
B.発音があまりよくない |
C.特に文法が正しい |
D.文法があまり正しくない |
A.何もしなくても日本語が上手になること |
B.学校に行かなくても日本語が上手になること |
C.生活しているうちに日本語が上手になっていくこと |
D.子供のように遊んでいるうちに日本語が上手になっていくこと |
A.日本語の先生がいる環境 |
B.相撲取りになるための環境 |
C.みんなで一緒に合宿生活をする環境 |
D.日本語を使って暮らさなければならない環境 |
A.日本人と一緒に暮らすこと |
B.大勢の日本語の先生に恵まれること |
C.日本語を何度も聞いて覚えて使うこと |
D.子供のように自然に言葉を覚えること |
中国では、成功へのカギは教育にあるという考えが根強い。貧しい学生であっても、他国が羨むような好成績を上げており、教育に(ア)中国の社会状況を表しているとみられている。
「学校で良い成績を取れるのはなぜ?」という質問に対し、各国の生徒の回答は大きく異なる。北米の生徒は「生まれつき数学の才能があるから」「生まれつきこの方面の才能がないから」と、運を理由にすることが多い。ヨーロッパでは、「父親が配管工だから、自分も配管工をする」と、「社会的遺伝」に基づいた回答をする。一方中国では、90%以上の生徒が「全力を尽くすかどうかにかかっている。一生懸命勉強すれば成功できる」と回答する。彼らは責任を受け入れ、困難を克服する覚悟を持っている。自分自身を「運命の主人」として、決して制度の(イ)。
1.中国に強い関心を持っている理由として、最も適当なものは次のどれか。A.中国の生徒が勉強に全力を尽くしている。 |
B.中国の経済や政治や教育などが発展している。 |
C.中国の生徒の成績は他のどの国よりもいい。 |
D.中国の教育制度がすべての国より優れている。 |
A.想像力の貧しい学生 |
B.知識が貧しい学生 |
C.家庭が経済的にかなり余裕がない学生 |
D.貧しい農家に生まれた学生 |
A.力を入れる | B.力を増す | C.力を出す | D.力を集中する |
A.「運命の主人」は自分自身である。 |
B.運命を決めることは制度のことであると思う。 |
C.運命を変える術は一生懸命努力することである。 |
D.自分が変わなければ運命が変わらない。 |
A.わけにすることはない |
B.理由にすることはない |
C.ためにすることはない |
D.せいにすることはない |
4 . (四)
私が中学1年生の時、家族で神戸に旅行に行った。昼食を食べに入った店で、私はハンカチをなくしたことに気がついた。どうやら異人館(西洋风住宅或商店)からの帰り道で落としてきたらしい。その日は雨が降っており、しかも観光客が多かった。私はほとんどあきらめかけていた。しかしその時、父は私に言ったのだ。「探しに行こう。」
その一言で、父と私は、それまで下ってきた坂道をまた上り始めた。
ハンカチが見つかるのなら、それに越したことはないが、いつどこで落としたかもわからないのだ。見つかる可能性は極めて低い。(ア)父は、私たちが訪れた場所をひとつひとつ、隅々まで探し歩いた。しかし、ハンカチはなかった。
父と私は、またもと来た坂道を、下っていった。2人の間に、交わす言葉はなかった。私がうつむいていた(俯首,低头)顔をふと上げた、その時だった。父の隣で私は叫んだ。「あった!」
私の目の高さにあった本屋の看板の上に、私の落としたハンカチが、きれいにたたまれて置いてあったのだ。誰か親切な人が拾ってくれたのだろう。その時、それまで黙っていた父が口を開いた。「ハンカチが大切なものではないが、なくしたまま岡山に帰ったら、よく探さなかったのを絶対後悔する。そしたら神戸の旅行が、ハンカチをなくした思い出にしかならないかもしれない。でも見つからなくても、一生懸命探したらあきらめもつくし、パパと一緒に探したことが思い出にも残ると、パパは思ったんよ。ハンカチ、あってよかったな。」
このとき私は、父が私のハンカチを探しに行くことにこだわっていた(拘泥于,格外在意)理由を、ようやく理解できた。
1.「それ」とあるが、何を指すか。A.ハンカチが見つかること |
B.いつどこで落としたがわからないこと |
C.見つかる可能性が低いこと |
D.訪れた場所を探す歩いたこと |
A.それとも | B.それでも | C.それでは | D.それに |
A.昼食を食べに入った店 | B.異人館からの帰り道 |
C.もと来た坂道 | D.本屋の看板の上 |
A.「私」はうつむいていた顔をした時 |
B.親切な人がハンカチを拾ってくれた時 |
C.落としたハンカチが見つかった時 |
D.神戸から岡山に帰った時 |
A.「私」はハンカチを探すことをあきらめなかったから |
B.ハンカチがなくしても、見つからない可能性は低かったから |
C.そのハンカチは「私」にとって大切なものだから |
D.神戸の旅行にいい思い出を残したかったから |
5 . (一)
お弁当は、学校や会社、または遠足など、外で食事をするために器に入れて持ち歩く食べもの、その器、また手軽な=もてなし(招待)を含めた食事の形態を指します。
お弁当はふたを開けたときの印象も大切です。お弁当の中身は基本的に、半分がご飯、半分がお菜です。お弁当のお菜にもっとも多く登場するのは卵焼きと言われます。もう一つの定番はウィンナソーセージ(维也纳香肠)。お弁当を楽しく食べるため、切りこみを入れて(切几个口)タコの形などを作ったりします。
このほか、焼き魚や揚げ物、かまぼこ(鱼糕)、それに野菜類が入ります。野菜類は漬けもの、または炒め煮やゆでるなど、生のままよりは加熱したもののほうが多く使われます。また、デザートにリンゴやミカンなど入れたりします。また、梅の実から作る梅干しは、ごはんの劣化を防ぐ効果があるとされ、握り飯の中に入れたり、お弁当のご飯に添えたりして、昔からよく使われています。
お弁当を作る家庭では、作る人は普段から食事の(ア)をしながら、お弁当に入れる日持ち(耐存)のよいお菜を作ったり、翌日のお弁当にアレンジする(摆放,排列,布置)ことを考えて夕食のお菜を作ることもよくあります。
1.文中に「お弁当」とあるが、その意味に合っていないのはどれか。A.器に入れて持ち歩く食べ物 |
B.持ち歩く食べ物を入れる器 |
C.手軽なもてなしを含めた食事の形態 |
D.学校や会社、また遠足など外で食事をすること |
A.ふたを開けるときの印象 |
B.ふたを開けるときの印象が大切だということ |
C.ごはんとおかず |
D.卵焼きとウィンナソーセージ |
A.お弁当がきれいに見えるから |
B.梅干はごはんの劣化を防ぐ効果があると言われるから |
C.梅干はデザートとして食べるから |
D.梅干が握り飯を作るときになくてはならないものだから |
A.感覚 | B.用事 | C.用意 | D.意味 |
A.野菜サラダや刺身が入っているお弁当が高級だ。 |
B.お弁当の中身は、基本的にご飯とお菜がそれぞれ半分だ。 |
C.お弁当の中の野菜類は加熱したもののほうが多い。 |
D.梅干は昔からよく使われるお弁当に入れるものの一つだ。 |
6 . (三)
「コーヒーを飲むと体脂肪が落ちる」という説が広まっている。
専門家によると、カフェインは脂肪燃焼効果がある物質だ。コーヒーを飲むと、神経系統を直接刺激して、シグナルが脂肪の細胞に送られる。そして、アドレナリン(肾上腺素)で脂肪が分解される。そのため、コーヒーを飲むと、確かに体脂肪がある程度落ちる効果を期待することができる。
ダイエットのために体脂肪を落としたい人は、基礎代謝率が体重が減るかのカギとなる。代謝率が高いほど、体重が落ちやすい。研究では、カフェインを摂取すると基礎代謝率が3~11%上がり、摂取するカフェイン量が多いほど、その効果も上がることが分かっている。通常、1日にカフェインを300ミリグラム摂取すると、79キロカロリー余分に消費されることになる。
(ア)、残念ながら、そのような作用は、肥満の人の場合小さくなってしまう。脂肪燃焼効果は、スリムな人の場合、29%上がるのに対して、肥満の人の場合わずか10%にとどまっている。また、若者のほうが、コーヒーを飲むと代謝率が上がり、脂肪が燃焼しやすく、年齢が上がるにつれてその効果が小さくなっていく。
カフェインの良い効果はずっと続くわけではない。カフェインに対する耐性ができてしまう人もいるのだ。以前はコーヒーを1杯飲むと目が覚めていたのに、今は2-3杯飲まないと以前と同じ効果が得られなくなってしまうことと同じだ。
短期的に見ると、カフェインは代謝率を高め、燃焼する脂肪が増えるものの、その効果は長くは続かない。そのため、「コーヒーを飲むと体脂肪が落ちる」というのは、長期的な効果は期待できない。もし、脂肪燃焼のためにコーヒーを飲み、耐性も付けたくないというのであれば、2週間飲んで、2週間飲むのを止めるという方法を試すと良いかもしれない。
1.「その効果」とあるが、どういう効果を指すか。A.カフェインの摂取 | B.基礎代謝率の上がり |
C.カロリーの消費 | D.ダイエット |
A.ただ | B.そして | C.だから | D.つまり |
A.代謝率が高いほど、体重が落ちやすい。 |
B.コーヒーを飲むと若者のほうが、代謝率が上がり、脂肪が燃焼しやすい。 |
C.年齢が上がるにつれて、代謝率が上がり、脂肪燃焼効果がいい。 |
D.体脂肪を落としたい人は礎代謝率が体重が減るかのカギとなる。 |
A.コーヒーを飲むとカロリーの燃焼が加速する。 |
B.コーヒーを飲むと代謝率が3~11%上昇する。 |
C.コーヒーをいつも飲んでいると耐性ができる。 |
D.コーヒーを飲むと長期的に体脂肪が落ちる。 |
A.日に一杯から、だんだん多く飲んでいく飲み方がいい。 |
B.コーヒーは体脂肪が落ちられるから、多く飲んだほうがいい。 |
C.耐性ができるから、コーヒーを飲まないほうがいい。 |
D.2週間飲んで、2週間飲むのを止めるという飲み方がいい。 |
7 . (二)
夏休みに私はある町を旅行した。そこは私が学生時代に大好きだった作家が生まれ、活躍した町である。いつかはそこをこの目で見てみたいと思っていたのが、やっと実現したのだった。
もう彼が亡くなって何十年も経っているため、様子はすっかり変わってしまったはずである。それでも彼の小説の舞台となった、緑の美しい町を歩くのは楽しかった。だが、私が社会人になってからは、彼の書いたものをほとんど読まなくなったせいか、それ以上の感動はなく、正直に言うと、少し物足りない(感到欠缺的)気持ちだった。
ところが、ある記念館に入ったときのことである。そこでは、彼の書いた原稿や手紙の展示をしていた。それを見ているうちに、しだいに昔読んだ小説や詩の内容が思い出されてきた。特に、彼の妹が亡くなったときに書かれた、詩の原稿を読んだときには、彼の悲しみが痛いほど近くに感じられたのである。手書きの文字というのは、時間がどんなに流れていても、その人がどんな人だったのか、その人が何を感じていたかを強く表していることに気がついた。
字の下手な私は、できるだけパソコンを使っていた。だが、それ以来、時には下手でも心をこめて字を書くことで、何かが伝わるのではないかと思いはじめている。
1.「そこでは」とあるが、その意味は何か。A.「では」と同じ意味だ。 | B.記念館のことを指す。 |
C.ある町のことを指す。 | D.「それでは」と同じ意味だ。 |
A.町に緑が多くてきれいなので、楽しくて、感動した。 |
B.作家の書いた小説を次々に思い出して、満足していた。 |
C.作家の小説を読んでから時間が経ち、思ったほど感動しなかった。 |
D.今は作家のいたころの町と大きく変わってしまい、少し不満だった。 |
A.作家の妹が書いた詩 |
B.いろいろな人がこの作家について書いた原稿や手紙 |
C.作家自身が書いた小説の原稿や手紙 |
D.作家の書いた詩の本や小説の本 |
A.作家の生まれた町に着いたこと | B.彼の手書きの原稿を見たこと |
C.パソコンで字を書いていたこと | D.記念館に入ったこと |
A.手書きの文字から伝わるもの | B.字をきれいに書くことの大切さ |
C.好きな作家の文章のすばらしさ | D.好きな作家のいた町へ旅行する意味 |
8 . 私たちは物質的に満たされていますが、大切にするべきものをまだ理解していないかもしれません。
お金で買えないものも( ア )とするのは自分や他人を大事にするのと同じ方向を向いていると思います。
私は毎朝、新聞配達をしているのですが、収入を得ることは本当に大変です。雨の日でも体調が悪くても、読者に迷惑をかけてしまうため、休むことはできません。無事一ヶ月の給料がもらえた時は金額よりも充実感や達成感で嬉しくなり、また来月も頑張ろうという意欲が湧きます。受身で与えられるものと、自分の手で獲得したものとの違いが大きく、労働して得た金銭は使い方も慎重になり、無駄遣いはしたくなくなります。
お金の使い方には人間性がそのまま出てくると言います。
価値観は無限ですが、間違ったお金の使い方をすれば、世界は乱れます。未来のための貯金や困っている方への寄付などは理想の使い方です。
本当の美しさはすべてを大切にして暮らす人の心にあるはずです。社会を豊かで平和にする責任がある私たち。人やお金の関わりを通し、学びながら一瞬一瞬を輝かせ、成長したいですし、多くの人が幸せになれる方法も考え続けたいです。
1.文中の( ア )に入れるのに最も適当なものはどれか。。A.よく保存しよう | B.やさしくしよう |
C.大切にしよう | D.きれいにしよう |
A.収入を得たいから | B.読者が待っているから |
C.元気がないから | D.嫌な天気だから |
A.受身で与えられるから | B.自分の好きなものが買えるから |
C.自分の力で得た給料だから | D.両親から小遣いをもらわないから |
A.給料が少ない人 | B.入院している人 |
C.子供の多い人 | D.日常生活や病気などに悩んだ人 |
A.お金の正しい使い方を多くの人に知らせる責任 |
B.自分の力で金銭を得る責任 |
C.多くの人に幸せな毎日を送らせる責任 |
D.戦争のない世界を守り、豊かな社会を作る責任 |